【取材】心の声を聴く、もうひとつの居場所「がんカフェはなのね」
心の声を聴く、もうひとつの居場所「がんカフェはなのね」
遠藤 ゆき子 Yukiko Endo がんカフェはなのね共同代表。がんを発症した際の自身の体験から、コアメンバー5人とともに居場所を立ち上げ。 |
蔵を改築した趣のあるそれは、下町の一角にあります。中に入ると、落ち着いた空間が私たちを出迎えてくれました。がん患者の方々が、気軽に気持ちを話し合える場所「がんカフェはなのね」。開催場所のひとつである「まちなかのとらうべ」におじゃまし、共同代表の遠藤ゆき子さんにお話をお伺いしました。
自身のがんの発症がきっかけで、活動の立ち上げへ。
―遠藤さんがこの活動を始めるきっかけはどういったものなんでしょうか? 遠藤さん:48歳のときにがんの告知を受けました。告知をされて、いろいろ考える暇もなく、「いついつから入院です」「いついつからこういう治療が始まります」という感じで、そのレールに乗らざるをえない状況でした。入院した際に、自分では気持ちが張っているつもりでしたが、1人になるとぽろぽろ涙がこぼれるんです。その時、自分の気持ちを和らげるというか、打ち明けるというような場所というのが全くなかったんです。
―当時はそういった場所がなかったのですね。 遠藤さん:仕事に復帰することだけに専念して仕事には復帰しました。けれども、ひとりになると「これからどうなるんだろう」と思いが浮かび、涙が止まらなくなるんです。そういう経験をしながら仕事をつづけました。その後定年退職し、新潟大学病院になごみ会というがんカフェができて、「ボランティアとして手伝ってくれない?」と声をかけられ、それに応じて参加したんですね。その中で、いろいろながんを経験されている方と出会い、やっぱりみんな私と同じだったんだな、という気持ちを持ちました。
―いろいろな方との出会いも大きかったのですね。 遠藤さん:それであれば、病院の中ではなく、病院の外に我が家のようなゆっくりした場所で、みなさんが自分の辛さを話し合って「こんなにつらかったんだよ」、「私もそうだったよ」と、家族にも言えない、職場にも言えない、そんなことを気軽に話し合える場所ができたらいいなという思いが芽生えました。
―どんな風に立ち上げに至ったのですか? 遠藤さん:一番はじめは西区の住宅展示場での開催だったんです。開催は決まったけれども、果たして「ここに来てくれるんだろうか」と、ハラハラドキドキだったわけです。当日は予想に反して多くの方々に来ていただいたんです。ただ、展示場が土曜と日曜しか使えないという制約もありました。私たちは常設したいと考えており、「常設のための会場がほしい」ということをいろいろなところで話をしていたんですね。その中で、田邊先生をご紹介いただくことになりました。
―最初からこの場所で活動されていたわけではないんですね。 遠藤さん:先生に「私たちはこういう活動をしたいんです。そのためにはこのような建物が欲しいんです」ということを先生にお願いしました。将来的には常設という希望はあっても、いきなりできないですし、徐々に回数を増やしながらということで、この場所をお借りすることになりました。
無理に話さなくてもいい、自分の気持ちを落ち着かせる場。
―これまで何名くらいの方が参加されているのですか? 遠藤さん:9月までに450名位の参加がありました。このペースでいくと、年間でこの倍より少し多くなり、延べで1000名近くになるのかなと思っています。その中で初めて参加される方が4割くらいになるでしょうか。
―どんな風な場づくりを心掛けていますか? 遠藤さん:私たちとしては、お話をするだけでなく、お茶を飲みながら本を読んでもいいですし、話をしたくなければ無理にしなくてもよいと思っています。自分の気持ちを落ち着かせる場になってほしいといいなと思っています。
―どんなお話をされるのですか? 遠藤さん:10人いれば10人のお悩みとか辛さというのがあるわけなので、専門の方に話を聞いたりお互いに情報交換したりするなかで、自分で解決する力をつけていければと思っています。これから抗がん剤が始まる方には医療関係者から「こういう副作用があります」といった話や、実際に経験された方からは「食欲が出なかったときはこんな工夫したよ」といった話がでます。自分が実際に経験したことを、これから経験する方に話をする。そのことは、話をした方も、自身の経験が役に立ったと感じていらっしゃるようです。みなさんでグループになって話をされていて、2時間が足りないくらい、自分の想いを話す、そういった関係性が生まれていますね。
―着用されているTシャツの色や花柄のデザインにはどのような意味があるのですか? 遠藤さん:立ち上げたメンバーの5人を5つの花びらで表していて、真ん中に「ね」という文字が書いてあります。色は元気がでる色がいいね、ということでこの色を選びました。
ボランティアは世のため人のためでなく、自分のため。
―ボランティア活動をどのようにとらえていますか? 遠藤さん:ボランティアというのは、世のため人のためではなく、自分のためと思っています。このはなのねの活動も自分のためだと思っています。自分として何ができるかと考えたときに、私なりにこの活動をやることができて、私なりの社会への恩返しかなとも思っています。
―継続して活動するうえでのモチベーションはどういったものですか? 遠藤さん:私も何十年と仕事をしていて、報酬を伴わない自身が行う活動というのは、仕事をしていたときには考えられませんでした。いざ自分でやってみると、やりがいというものを感じています。私は生涯現役というのが、若いときから信念でした。ある時、自分の人生を振り返ると、私の人生は仕事だけだった、仕事以外の人とのつながりってなかった、そんな人生つまらないなと思ってしまいました。ボランティアをしていなければ、こういう気持ちになることも、こういう経験もできなかったのだと思いました。
― 一番大事にしていることはなんですか? 遠藤さん:一つに絞るのは難しいですが、この歳になっても、この先どんな展開があるかわからないし、どんなワクワクすることがあるかわからないし、どんな出会いがあるかわからない。そういうつながりを大事にしながら活動することです。
―ボラまちの読者の方に対して、知ってほしいことなどのメッセージはありますか? 遠藤さん:みなさんお越しになるときに「もっと早くこういうところがあると知っていたらよかった」という声をたくさんお聞きするんです。こういう場があることを多くの方に知っていただきたいと思っています。多くの方がいらっしゃって、多くの情報や経験談の話し合いができるようになると一番いいなと思っています。
≪会場となる蔵の所有者である田邊先生にもお話を伺いました≫
―この場所はどういう存在ですか? 田邊さん:私は精神科の医者なので、人の話を聴くというのが仕事なんですが、それと緩和医療というのを結びつけたときに、すごく身近なことをやっているという実感がありました。すなわち、病を持った人の話をよく聴いて気持ちを理解しようと努める、そこは両者に共通するものと考えていますから。がんを経験した方々が医療ではない場で、病気のことを自由に語ったり、辛さを聴いてもらったりする場は身近にありませんでしたし、ましてやそこに精神科医が絡むという機会もなかったのではないでしょうか。この場は自分にとって役割・生きがいを感じる場ではありますが、ある意味、はなのねさんからそんな場を逆に提供してもらったのかなと思っています。
―がんカフェはなのねをどのような場ととらえていますか? 田邊さん:まずがんになった時に、自分の人生の中で何かを失いますよね。で、そこから治療が始まるじゃないですか。そうすると失ったという時の心の持ち方は、例えば普通に病院に行っても、なかなか受け止めてもらえない。そういう気持ちを聞いてもらえる場がはなのねです。
―気持ちを受け止めてくれる場ということですね。 田邊さん:手術がはじまり、化学療法がはじまり、放射線療法がはじまりといったかたちで、今度は治療に対する不安が芽生えます。それもやっぱり医者に聞けないということがあります。そういう不安に伴って、家族に対する不安、自分の命がいつ尽きるかという不安、経済的な問題など、いろいろな不安をここで支えられればいいなと思います。
遠藤さん:そこまで支えられたら素晴らしいですね。それには、私たちだけでは支えられない。いろいろな職種の専門職の方々のお知恵を借りながら、いろいろな情報を出していければと思っています。
≪カフェを利用されている方にお話を伺いました≫ ―どのようにお知りになったのでしょうか? Aさん:せっかく病気になったので、病気になった時にしかできないことをやろうと思いまして、患者会というのは病気にならないと行けませんよね。それでネットで調べたら『がんカフェはなのね』を見つけたんです。
―こちらを利用されたきっかけはどのようなものだったのでしょうか? Aさん:この病気をすると多くの人がそうだと思うんですけど、他人と病気のことを話したことがほとんどないんです。もちろん病院でお医者さんや看護師さんと話すことはあります。でも同じ病気で入院している人と病気の話をすることはまずないんです。なので、そういう人と話すとどういう感じなのかなということを思って、参加してみたんです。
―参加してみていかがでしたか? Aさん:スタッフの方がいろいろな経歴や資格をお持ちで、お医者さんも来られたりして、いろいろなお話ができるんです。特にこの病気をしてから感じているのは、病気の話の前に他人と話す機会がなくなるんです。友人とも前と同じように付き合うことができなくて、下手なことを言うと傷つけるのではないか、こんなことを言うと気にするのではないか、どうしてもそういう気持ちになるみたいです。そうなるとこちらも気を遣ってしまい、疎遠になっていってしまうんです。ここでは、話題が病気であったりそうでなかったりするんですけども、そういう話ができる場としてはとてもありがたいと思っています。
「とらうべ」とは、トラウベ聴診器(胎児の心音を聴くための医療器具)のこと。 この場所がその昔、産婦人科だったことから、「こころの声を聴く」ことを意味し、名づけられました。
がんカフェ わたしのはなのね(まちなかのとらうべ) 所在地:新潟市中央区上大川前通11番町1877
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